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WE(ウエスタン・エレクトリック)体験 1999.10.2



通りがかりでは見つけられない場所に、その小さな協会の様な建物は在る。 そして、その入り口のガッチリとした扉に付いているドアノブの形を見るだけで、何かを期待させる。

重い木製の扉を開け、一歩その空間に入ると、目の前に、開口部が2mはあろうか思われる巨大な黒塗のホーンが 居座っているので、否応無く来る人の目を捕えるはずだ。 普段決して見ることの出来ない異様な形をしているので、オーディオマニアでない限り、 それがスピーカーだと気付かない人もいるかもしれない。その音を出す巨大なオブジェは、実際には、 部屋の中程の左右にあるのだが、その大きさゆえに目の前に迫ってくる。 コンクリート造りの切妻型の屋根の形のまま吹き抜けているこの建物は、 そのスピーカーシステムのために建てたのかとも、思えるほど、部屋とスピーカーが馴染んでいた。

その高い天井から間隔をおいて下げられている三つのアンティークガラスのランプは、奥から銀杏を 模したデザインの金具を持ったアールヌーボーのもの、真ん中はアールデコの様式の同じ作家の クリスタルガラスのもの、一番手前は、やはり、アールヌーボーの有名な作家のもの、と言う具合で、 好きな人が見れば、それが普通に使われ、白熱光が、美しいガラスを通し、光を放っているのを見ただけでも、 来た価値があるというものだ。

これは、Sさんに紹介されて、Aさんのお宅を訪問したときのことだ。ぼくと同じように大きなスピーカーを、 真空管アンプを作って鳴らしている友人がいるから紹介していただけるというので、 喜んでその好意に甘えたのだが、まさか、ウエスタンエレクトリックの15Aホーンを使っているとは!! いくら好きでも、そして、見たいと思っても、まずお目にかかれぬスピーカー。 見るだけでなく、その音を聴けるとは!全く予期せぬ幸運。

15Aホーンにつけるドライバーとなると、やはりWE555をおいて他には考えられない。この日はあえて、 型番は尋ねなかった。聞く余裕がなかったのかもしれない。「右のホーンは25才の時に手に入れたの だけど、左が大変だった。日本で見つからないので、しかたなくアメリカから取り寄せたんだ。 見て買えないから、 とりあえず買ってしまうわけ。着いて見たら、4ピース位にバラバラだったりして・・・ 結局このホーンを見つけるまでに、都合、4つ買ったんだよ。」という説明を傍で聞いていると、 大変だったというよりも、楽しそうな口調に聞こえてしまう。

ツイーターも写真で見たことのあるWEのもの。そのホーンの後方の高い位置に、やはりWEのものという セクトラルホーンが、こちらを覗いている。 よく見ると、そのホーンが乗っかっているのは、縦横2mを超える米松合板でできた平面バッフル。 後ろにまわると、補強桟がまるで文庫本の棚の様に細かく取り付けられていて、聞くと、これは自作で、 46cm励磁型のウーファーが取り付けられていた。どれもステレオペアで揃えられているので、相当な迫力だ。 そのウーファーの電源部という金属箱のなかには、電球の様に強烈な光を放つ真空管があり、 パンチングメタルのカバーの模様を、平面バッフルに浮かび上がらせていた。そして、 これらを駆動するアンプは、アルティックの業務用真空管式2台で、モスグリーンのフロントパネルが 美しい物である。こうして話していると、洗練された美しい部屋を想像するかもしれないが、実は、 気をつけて歩かないと、何かを蹴飛ばしそうな状態である。しかし、そこに雑然と置かれた物達は、それぞれ、 好きな人が見れば、天井のランプと同様に、とても価値のあるものである。そしてそれらの主は、まだ 40代の、よく日に焼けた、一言でいうと、“味のある男”だ。「あぁ、この日焼け?土方焼けさ。今、 大工さんと一緒に、家に茶室を作ってるんだ。」「・・・」

様々なことに深い知識と洞察力を垣間見せるAさんは、ギリシャのパルテノン神殿と 法隆寺の柱の関係を、普通に言われるさらに先のことまで 語ってしまう。「あの神殿の石の柱の元の姿は、実は法隆寺の柱そのものなんだよ。」「?」 「石の柱になるさらに前は木の柱だったのさ。だから、あちらの建築家は法隆寺を見ると、自分たちの 文化の原形が見られると大喜びさ。ヨーロッパの家も元々は木で築かれていたんだよ。ところがね・・・」
話はどんどん進む。 ローマ時代の石畳の寸法と現代の石畳の寸法の違いをぼくは、偶然、工事中の場所で見る事ができたのだが、 Aさんは詳しくは話せない理由で知っていた。
この人の仕事は、大工でも建築士でもない。

彫刻、絵画、建築とひとしきり会話した後、おもむろにレコードをレコードプレイヤーの リンのLPー12に乗せ、針を落としてくれた。部屋に入った時から、すでにさりげなく 全ての電源は入っていた。チェンバロが等身大で鳴り出す。金属弦を引っかく音はまさに そのように、木製共鳴胴の鳴る音はそのようにと、音の質感がリアルにそのまま感じられる。 この音の響きは、今までに聞いた事がない。「ウーム。」WEを好む人の気持ちがわかる。 「ナツメロだよ。」と言って“パフ”のライブ盤をかけてくれる。ふっとスピーカーの向こう側に まで、空間が広がる。拍手の音がまたいい。アルティックやJBLが出来るはるか昔、今から半世紀以上も前に 出来たスピーカーが、現代の物以上の可能性を見せて鳴っている。主の努力とセンスがそうさせている のだが、それは不思議な光景でもある。人によっては名品。人によっては只の古い物。 古いと言われる物でも、それを持つ人の気持ちによっては、実際に、 最新のものを凌駕する。しかし、このサイズの物を持つには、困難が付きまとう。 “現代の技術は物を小さくする事だけに注がれているのかも。”と余計なことまで考えてしまう。

「世の中の大半を占めるサラリーマンの人がいう趣味は、単なる息抜きの意味だけど。 本当の趣味の意味は・・・」
「!」それは、ぼくも思っている事だった。

外に出るとすでに、初秋の夕暮れになっていた。




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