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バードランド 1999.10.4



かつて、大須第二アメ横の裏に、お気に入りの喫茶店があった。

「大須のにぎやかな通りから一本ずれているだけで、こんなに人通りが変わるのか。」 これが初めてその通りを通った時の印象である。すぐそこにあった喧騒からすっと逃れられる この道が結構気に入って、何時のころからよく通る道になっていた。 その店があるのは初めて通ったときから気がついていた。でもそこは単に喫茶店として入るには、 なんとなく躊躇してしまう感じの店構えだった。何回めかに その店の前を通り過ぎようとしたとき、 中からジャズが漏れ聞こえた。その音に曳かれ、その日は覚悟を決めて入ってみた。 一旦、中に入ってみると、その小さな店内は、ほんのりと暗く、居心地がいい。どんな季節、 時間に行っても、その喫茶店の時空に変わってしまう感じのいい雰囲気を持っていた。 事実、今思い出していても、行った時々の季節感がまったく伴わない。 客も少なくゆっくりと時を過ごすのにもってこいなので、そのときからぼくのお気に入りの店になった。

正面の壁をそのままスピーカーバッフルとして使い、その中央にドアが有り、左右下方にそれぞれ JBLの15inc.ウーファーが1本づつ取りつけられていたが、そのエッジはぼろぼろに切れていて、 ほとんどウーファーの役目を果たしていない状態。そしてその上に、WEのホーンを模した 1m×1mほどの開口部を持つカールホーンがやはり壁に張り付いていて、ほぼこのホーンが フルレンジとして鳴っている。

カウンターの向こうの棚には、真空管のアンプとレコードプレイヤーが見える。 そのレコードプレイヤーはターンテーブルが真鍮製のとんでもなくドッシリとしたもので、 そこから随分離れたところに置いてあるモーター部と糸で繋がっている、糸ドライブのものだ。 いつ行ってもそれは、音もなくという感じで回転していた。その重量級プレイヤーのたたずまいが 、なんともメカニカルでたまらない。

前にも書いたが、ぼくはシャイな人なので、そのマスターと話す様になったのは、やはり、 ずいぶんと通ってからだ。その店に置いてある本はジャズの本よりも、無線と実験の様な本が多く、 それも随分昔の珍しいものなので、そこにいくとその手の本を何冊も読みあさっていたのだが、 そのなかに「マルチアンプシステム研究」という本があった。ちょうどその頃、ぼくはマルチアンプに 移行しようとしていた時期で、これをどうしてもコピーしたいと思い、とりあえず図書館へ借りにいった。 しかし、図書館で調べても行方不明の本であったので、思いきって、マスターに借してほしいと頼んでみた。 すると、心良く「いいよ。」と言ってくれた。これが、マスターと話すようになったきっかけだった。

「このプレイヤーは自作なんだよ。ターンテーブルは、真鍮の塊を友人の父親がやっている工場で、 削ってもらったんだ。重いよ。」記憶が定かでないが、30kgくらいだったと思う。 「回し始めは手で助けてやらないと回らないんだけど、いったん回転してしまえば、電源を切ってもそのまま、 ずっと回り続けるんだ。」ということは、モーターは定常回転させるために、付いているだけということになる。 「すごい!」これがすごいことだと思える人はマニアの証拠?それ以来、このターンテーブル以上に ゴッツイものを見ていない。メーカー製のどのターンテーブルよりもスゴイものだった。

「あのホーンも自分で3mmのベニアを張合せて作ったんだよ。」 真っ黒に塗装されたそれをみて、 自作だとわかる人はいないと思うほどの出来映えだ。「3回重ねて9mmにする計画だったけど、 2回で済ませてしまったんだ。(体が)きつくて。。だから、いつか壊れるんじゃないかって、 内心冷や冷やしてるんだよ。」と言って笑う。この大きな造形物を2組、開店する前にこの場所で、 たった20日間で作ったという。「普通じゃ出来ないですよね。」というと、「やる気だけだよ。 昔から薄いベニアを曲げた小さなホーンをいくつも作ってたからね。木を削り出すタイプに比べれば、 楽だと思うよ。1インチのドライバーを持ってるのなら、小さいのを作るといいよ。できるよ。」 このカットオフ70Hzの大きなカールホーンをドライブしているのは、 てっきり2インチのドライバーだと思っていたら、アルティックの1インチドライバーだという。 「過酷かもしれないけど、フルパワーを入れなきゃ大丈夫。」と例のウーファーへの接続を外し、 フルレンジにして鳴らしてくれた。これだけでもやはり十分魅力的な音を聴かせてくれた。 それにしても、少なくとも100Hzまでは楽に再生されている様に聞こえる。 普通の場合、1インチでは、こんな大きなホーンを付けることがないので、800から1000Hz位で低域をカットする。 アルティックで500Hzでカットで使っているのが、記憶では最低の周波数なのだが。 物理的にいけるものなのか?「不思議だよねぇ。」と、マスターも言った。 さらに、「この資料を参考にして作ったんだよ。」とWE15Aホーンをビクターが制作した記事をコピーしたものを 探してきて、「持って行っていいよ。」ぼくの方に、差し出した。それを遠慮なく頂いて帰り、 その後、表紙を付けて本の形にして、今でも大切に持っている。 “作ってみたい。だが、置き場がない。”という葛藤に耐えながら。。。

ある日、そのジャズ喫茶に行くと、シャッターが閉まっていた。たまたま何か都合の悪い日だったのだろう、 と思った。それから、2度、3度とシャッターが閉まっている時が続いても、閉店したのだとは思わなかった。 看板は上がったままだし、ジャズ喫茶の営業時間はあてにならないものだし。 それでも懲りずに、何度も行ってみたが、シャッターが開いていることは、もうなかった。

ずいぶんたってから、あるオーディオショップの中古品コーナーにあのカールホーンが解体されて 並んでいるのを見つけた。そのとき、やっと「店を閉めたんだ。」と納得した。そう思って、 そのホーンを眺めていたら、大切なものを一つ失った気がして、ちょっとせつなかった。

それから、ぼくは自分のための320Hzカットオフの削りだしホーンの制作をはじめた。




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