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手遅れな襖 1999.6.22



ある日、 障子の張替えをお願いしたいと、御婦人から注文があり、日を決めて、そのお宅におじゃました。

障子を車に積み終わり、失礼しようとすると、
「ちょっとお聞きしたいのですが。」とすまなそうに引き止められ、
「襖が手遅れ とはどういう意味なんでしょうか?」と尋ねられた。「襖が手遅れ?」意味がわからず問い直すと、「実は以前、お宅のお父さんに衝立を作ってもらったときに、襖を見てもらったら、そう言われたんです。」
どんな襖かと思い見せてもらうと、30年以上は時を経ている襖が、丁寧に扱われていたようで破れもなく其処にあった。茶色に変色した機械漉きの越前紙はそれでもぼろぼろにはならず、和紙の品を漂わせている。
「5年位前ですか、お宅のお父さんにそう言われて、カチンときて、なんて変なことを言うのだろう。張り替えてくれるのか、くれないのか、それも言ってくれなくて、そのまま帰ってしまったの。まぁやってくれないのなら、他に頼もうとも思ったりもしたんですけど。人の話を聞いても、腕はいい人みたいだし。どういう意味だろうって、で、今回恐る恐る電話してみたんです。ところが、お父さん亡くなられたそうで。。」と一気に話をされた。

そのとき、親父は亡くなって2年になっていた。
人を5年も考え込ませておいて、なんて罪な人。
親父は昔から言葉が足りず、一緒に仕事に行くといつも冷や冷やさせられていた。自然に意味を説明する癖がついて、聞いてくれるお客さんの前では語るようになってしまった。
しかし、死んでしまった後まで、その役がまわってくるなんて。この場合、親父の言いたかったことはこういうことだ。
一般の襖は裏に薄い和紙を張る形で、前の紙の上からそのまま浮かせて張る。これは前の紙を下地と見立てて、いっそう丈夫にするためだ。そのためには前の紙の状態が問題で、まず、紙が新しくてもやり方が悪ければ剥がしてしまう。こちらの場合、やり方も良いし、紙も普通よりも上質なものだが、さすがに時が経ちすぎている。おしいが、剥がさねばならない。もっと早ければ。実に惜しい。
こういう意味で間違いない。傍から聞けばとても、失礼な言い方なのに、本人は悪気はないんです。普通なら、他所へ行ってしまうところなのに、もう一度来てくれたお客さんもすごいが、愛想をつかされなかった親父もすごい。出来ることなら、そんな人になりたいと、つい思ってしまうのは、いけないことでしょうか。




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