.. Home- Next- Before- Menu Help- Mail

アナログサウンド 1999.8.1



かつて、レコードに対するイメージはいいものではなく、「埃は付くし、雑音はするし、保存するのも大変だし、本当の音とはなんだか違った音がするし、まったく不完全なものだからカセットテープで十分。」という程度の認識しかなかった。また、そんな頃に、CDが新発売され、聞いてみたいという友人の付き合いで、わざわざ、伏見まで行ったこともあった。その印象はとにかく雑音がなく、小さいというところは好印象なのだが、「音がいい!」と興奮している友人をしり目に、私のほうは、「べつにぃ。」という程度で、入力装置がどうのというよりも、「もっと大きな問題が別にあるのではないか。」と、漠然と思っていた。

純正カーオーディオ程度の装置で聞くときは、カセットよりもCDが良いと必ずしも言えないんじゃないかと、実は今でも思っている。CDは線が細く感じたのだ。それは、ローレベルの雑音のせいなのか(毒が薬に?)試しに、小音量にしてみるとCDの方はひどく線が細くなり、カセットはある程度厚みを持ったまま小さくなる。という当時の印象のまま、現在の私の車にも、CDプレイヤーが無いのだが、メインのソースであるから、敬意を表して「車なんぞで使えるかい。」というもう一つの理由もある。

話が脇にそれたが、それついでに、そんな頃は、何で聞いていたかというと、モノラルラジカセと、トリオ9R59Dという知る人ぞ知る真空管受信機、そしてもう一つ、結構大きめな木製箱の真空管ラジオという、当時でも、前時代的な装置で、とりあえず聞けるだけのものである。オーディオ装置といえる物は持っていなかった。海外の最新ポップスを短波でチェック、ラジカセで録音、レコードプレイヤーさえ持っていなかった。先の理由で、必要とも思っていなかったのだ。 その中で木製箱の真空管ラジオなのだが、ロクハンが2発入っていて、なんとなく厚みのある音。当時、一番のお気に入りであった。これをベースに他のソース(特にFM放送)を聴きたいというのが当時の、そして今も叶わぬ夢である。

話を戻そう。真剣にオーディオに取り組み始めた時、ソースはすでに、CDの時代になっていて、当然の様に、入力はCDだけで、やってきた。そして、それなりの音になってきて安心していたのだが、最近、レコードプレイヤーを繋ぐはめになってしまった。ベイシーで聴いて以来、レコードの存在はずっと気になってはいた。それでも、「出来れば避けて通った方がよい。」と、本能的に知らんぷりを決め込んできた問題である。「あなたが、持って行かないのならば、捨てる。」とまで、言われれば、頂いた方には申し分けない言い方だが、もう観念して持ち帰るしかない。、引きつった顔で、お礼を言い、車に積んで、帰ってきた。

それからというもの、そのレコードプレーヤーを横目に、「CDで調整してきたわけだから、当然、CDに一日の長があってもおかしくない。しかし、、何を繋いでもバランスの崩れないニュートラルな音を目指してきたわけだから、あまり差が出るようなことがあっても、おもしろくない。」などと、悶々としながら幾日かを過ごした後、意を決して、中古のレコードを一枚買ってきた。戻ると即座に、針圧も何もわからない、ただ持ち込んだままの調整で、「グレートジャズトリオ アット ビレッジバンガードvol.2」をかけてみた。

「。。。。。」
CDと遜色のない鳴りっぷりである。やはり、スピーカーの問題だったか。それにしても、レコードってこんなに雑音がなかったっけ。普通の?人が聴けば、どっちが鳴ってるか、まず分からないであろう。気持ちハイレベルが低く出るようである。いや、CDが強く出ると言ったほうが正解か。。細かく分析すれば、違いは出てくる。「困った。」一番の違いが問題である。「やはり、レコードには手を出すべきではなかったのかも。。知らずに過ごしていた方が平安な日々だったかもしれない。」と女々しい気持ちが次から次へと湧いてくる。その深刻な違いは、言ってみれば“音の実在感”が違うのである。レコードのほうが、現われる空間が自然なのだ。自分の居る空間に馴染むといったらいいのか。こちらを聴いてから、CDを聴くと「何か変!」極端に言えば、位相がずれてるような違和感がある。見調整のプレーヤーでこれだ。ちゃんと調整したら。。。スーパーCDも出るというし、だったら初めから、レコードでやってればよかったかも。私にとっては深刻である。 が、しかし、いまさら、レコードを集めるわけにもいかず、電源を抜いたレコードプレイヤーを横目にせっせとCDを聴く毎日である。




次のページへ
前のページへ
メニューへ戻る