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2220Aを最初に手に入れてから早いもので、もう6年が過ぎている。 その時から、出来ればもう1ペア欲しいと思いつつ、気にかけてはいたのだが、 案外2220Aというタイプは物が少ない様で、自分の所有物以外で、目にしたのは、 本当に欲しいと思い始めた一年ほど前に出会った1ペアだけである。 それを目のあたりにした時は、まさに舞い上がらんばかりに喜んだのだが、 伏せてあった振動板の方を「よっこらしょ。」とひっくり返して見たときに、愕然としてしまった。 そのエッジには、べっとりと軟化剤らしきものが塗られていて、なんとも切ない面持ちだった。 それが塗られていないにしてもエッジの部分の作りが違う。
「これは初期のフィクストエッジの物です。」と店員さん。
「確か。。フィクストエッジには、元々添付剤は塗られていないんじゃ?」とぼく。
「えっ!そうですか?」
知ってか、知らずか、ぼくが間違っているのか。。
「そのはずですけど。。」
それにしても、見ためが違いすぎる。
と、その日は諦めて帰ったが、一晩寝てもまだ、気になる。恥ずかしながら、次の日もう一度見に行って、 今度は本当に諦めた。そんなことがある前後にも、D130とか、130Aなどは何度も見かけることがあった。 D130はともかく、130Aなどは、これを買ってしまおうかと思ったことが2〜3度ほどあったのだが、 2220Aと併せるのを想像すると、ほぼ同じものとはいえ、どうも「心中穏やか」でいられそうもない。 「なんで、最初の出会いが130Aじゃなかったんだろう。もうとっくに揃っていたのに。。」と 女々しいことまで考えてしまう。
同じ型番の物でも生産時期により、作りに違いがあるということをその気もないのに、知ることとなった。 その他にも振動板を張り替えてあるものも多い。オリジナルの振動板を張っているものは、 2220Bの方で4本揃いのものを売っているのを雑誌で知り、電話で聞いて見たら、法外な値段だったので、 諦めざるをえなかったし、フレームは2220なのに、違う振動板(あのエッジは2226だろう)が、 畏れおおくも張ってあったりと、世の中には、色々なものが存在する。たとえ、 メーカー修理品といえども、オリジナルの性能になるとは限らないということも、 最初に入手して返品したD130でやはり、経験済だ。
JBLの130系に限らず高能率型のユニットは、低音が出ないというのが、 その音を聞いたことがある人達のこれは、「定説」なのだが、いじられたそれらのユニットを見てやはり、 「低音が出なかったのだろうなぁ。」としみじみと思う。他に類を見ない中低音の良さを、 かけがえのないものとして諦めて聞いていられれば、それはそれでよいのだが、それのできる人は、 悟れた人であり、130系に手を出した人達の中では、少数派に違いない。 本来、ユニットだけを買ってスピーカーを作ろうとする人は「より以上な音」を 求めている強者なわけで、もともと悟った人なら、こんな大きなユニットを使おうなどという ばかなことを考えるはずもない。結果、130系を手にした大多数の人達は他のユニットに乗り換えることに なってしまうのではないのだろうか?最後の手段として、ユニット自体にまで手を入れざるを 得なかった人達の気持ちは良く分かっているつもりだ。中低音の良さは十分 分かっているつもりで聞いていても、そのうちに、もっと低い音を出したくなってくるのが人情だ。
事実、自分を返りみても何度、2220Aを手放してしまおうかと思ったことだろう。 運良く手放さなかったのは、たまたまTADの1601というユニットも、使っていたからだ。 現在新品で手にはいるユニットの中では、総合的に、一番130系に近い血統のユニットだと 言ってもいいと思う。130系を野性馬とすれば、1601はサラブレッドの風情。外観も、 よりしっかりしたもので、現状を冷静に判断すれば、1601の方を選ぶべきだ。 その音には世間一般に通用する良さがあり、その持ち味が発揮しやすいユニットだと、 お世辞抜きにそう思う。130系が世の中に存在しなかったら、1601を取るのは事実だが、 130系が存在しなかったら、1601も生まれなかったというのは真実だ。
「たった一年前には、1601で行ける。」とまで思ったのに、結局ぼくは、 それを手放してしまった大バカモノだが、この1601があったおかげで、 2220Aの隠された力を引き出せたわけで、感謝もしているし、元々大好きなユニットだ。そうは言っても いかんせん4個の40センチウーファーを隠匿しておけるほどの余裕は金銭的にも、 精神的にも持ち合わせてはいない。ダブルスタンダード、その役目を果たした1601を死蔵しておくのは 、精神衛生上よろしくない。。今となってはそれを手にするだろう知らない人に大切に使って もらえることを祈っている。
そして、それを「私は大切に使ってました。」と出来ることならば、伝えたい。