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TAD1601bとの惜別 1999.12.13



2220Aを最初に手に入れてから早いもので、もう6年が過ぎている。 その時から、出来ればもう1ペア欲しいと思いつつ、気にかけてはいたのだが、 案外2220Aというタイプは物が少ない様で、自分の所有物以外で、目にしたのは、 本当に欲しいと思い始めた一年ほど前に出会った1ペアだけである。 それを目のあたりにした時は、まさに舞い上がらんばかりに喜んだのだが、 伏せてあった振動板の方を「よっこらしょ。」とひっくり返して見たときに、愕然としてしまった。 そのエッジには、べっとりと軟化剤らしきものが塗られていて、なんとも切ない面持ちだった。 それが塗られていないにしてもエッジの部分の作りが違う。

「これは初期のフィクストエッジの物です。」と店員さん。
「確か。。フィクストエッジには、元々添付剤は塗られていないんじゃ?」とぼく。
「えっ!そうですか?」
知ってか、知らずか、ぼくが間違っているのか。。
「そのはずですけど。。」
それにしても、見ためが違いすぎる。
と、その日は諦めて帰ったが、一晩寝てもまだ、気になる。恥ずかしながら、次の日もう一度見に行って、 今度は本当に諦めた。

そんなことがある前後にも、D130とか、130Aなどは何度も見かけることがあった。 D130はともかく、130Aなどは、これを買ってしまおうかと思ったことが2〜3度ほどあったのだが、 2220Aと併せるのを想像すると、ほぼ同じものとはいえ、どうも「心中穏やか」でいられそうもない。 「なんで、最初の出会いが130Aじゃなかったんだろう。もうとっくに揃っていたのに。。」と 女々しいことまで考えてしまう。

同じ型番の物でも生産時期により、作りに違いがあるということをその気もないのに、知ることとなった。 その他にも振動板を張り替えてあるものも多い。オリジナルの振動板を張っているものは、 2220Bの方で4本揃いのものを売っているのを雑誌で知り、電話で聞いて見たら、法外な値段だったので、 諦めざるをえなかったし、フレームは2220なのに、違う振動板(あのエッジは2226だろう)が、 畏れおおくも張ってあったりと、世の中には、色々なものが存在する。たとえ、 メーカー修理品といえども、オリジナルの性能になるとは限らないということも、 最初に入手して返品したD130でやはり、経験済だ。

JBLの130系に限らず高能率型のユニットは、低音が出ないというのが、 その音を聞いたことがある人達のこれは、「定説」なのだが、いじられたそれらのユニットを見てやはり、 「低音が出なかったのだろうなぁ。」としみじみと思う。他に類を見ない中低音の良さを、 かけがえのないものとして諦めて聞いていられれば、それはそれでよいのだが、それのできる人は、 悟れた人であり、130系に手を出した人達の中では、少数派に違いない。 本来、ユニットだけを買ってスピーカーを作ろうとする人は「より以上な音」を 求めている強者なわけで、もともと悟った人なら、こんな大きなユニットを使おうなどという  ばかなことを考えるはずもない。結果、130系を手にした大多数の人達は他のユニットに乗り換えることに なってしまうのではないのだろうか?最後の手段として、ユニット自体にまで手を入れざるを 得なかった人達の気持ちは良く分かっているつもりだ。中低音の良さは十分  分かっているつもりで聞いていても、そのうちに、もっと低い音を出したくなってくるのが人情だ。

事実、自分を返りみても何度、2220Aを手放してしまおうかと思ったことだろう。 運良く手放さなかったのは、たまたまTADの1601というユニットも、使っていたからだ。 現在新品で手にはいるユニットの中では、総合的に、一番130系に近い血統のユニットだと 言ってもいいと思う。130系を野性馬とすれば、1601はサラブレッドの風情。外観も、 よりしっかりしたもので、現状を冷静に判断すれば、1601の方を選ぶべきだ。 その音には世間一般に通用する良さがあり、その持ち味が発揮しやすいユニットだと、 お世辞抜きにそう思う。130系が世の中に存在しなかったら、1601を取るのは事実だが、 130系が存在しなかったら、1601も生まれなかったというのは真実だ。

「たった一年前には、1601で行ける。」とまで思ったのに、結局ぼくは、 それを手放してしまった大バカモノだが、この1601があったおかげで、 2220Aの隠された力を引き出せたわけで、感謝もしているし、元々大好きなユニットだ。そうは言っても いかんせん4個の40センチウーファーを隠匿しておけるほどの余裕は金銭的にも、 精神的にも持ち合わせてはいない。ダブルスタンダード、その役目を果たした1601を死蔵しておくのは 、精神衛生上よろしくない。。今となってはそれを手にするだろう知らない人に大切に使って もらえることを祈っている。
そして、それを「私は大切に使ってました。」と出来ることならば、伝えたい。




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