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B’zを聞くと ふと、思い出す。
かつて、S君という人がいた。彼は、細身でスラリとしていて、 いわゆるハンサムな風貌、B’zのボーカルの人に雰囲気が似ていて、さらに 旧家の御坊ちゃん風なところのある、もの静かな感じの人だった。 何をするにも、決して慌てない。。事実、彼が走るシーンを思い出せない。彼とは、同じ職場に同じ様な時期に入ったのだが、お互いシャイな性格だったので、 親しく話す様になったのは、やはり、ずいぶんたってからだった。記憶ではあの出来事がきっかけだった。
職場といっても、総勢10人程の小さな所。月に一度の大ゴミ捨てには、いつもは、 ぼくと社長の二人で行っていたのだが、その日は、ぼくの外周りの帰りが遅れていたので、 「S君が狩り出されて行ったよ。」と先輩が、笑いながら話してくれた。
そう、彼には力仕事は向かない。 実際には、そう言ったり、表情に出るわけではないのだが、彼がその手の仕事をしている仕草は、 見ている他の人に、何故か微笑ましくも、気の毒に感じさせてしまう何かを持っていた。 さぞかし疲れ果てて、戻ってくるのだろうなぁ、という予想に反して、 戻って来た彼は何だか生き生きしている様子。「はて?」近づいて来る彼をよく見ると、 いつも青白いイメージの彼の頬が心無しか紅潮している感じだった。そして、いきなり 「JBLって聞いたことないかい?」とぼくに聞いてきた。ぼくが実際に、JBLユニットを 手に入れるよりも、さらに7年ほども前の事だっだが、
「聞いたことがある気がする。たしか高級品のスピーカー。。」この程度のことは知っていた。
「拾ってきた。」
「え!」
「大ゴミを捨てに行ったら、置いてあったんだよ。JBLってなかなか買えないくらい 高い物だったような気がしたから、拾ってきたんだ。」
と、トラックの方へ目を向けた。 つられて、視線の先を見てみると、見た目、具合の良さそうなスピーカーがトラックの荷台に 乗っかっていた。側面に大きくJBLと入った黒いスピーカー。。 すぐに近づいて、グリルを外してみると、残念。。一つの方の ウーファーに傷がついていたが、「音はどうあれ、磨けばきっと、きれいだよ。これ。」 ぼくも少し興奮してそうつぶやいた。「運のいい奴だなぁ。」続けてそう言うと、「だろ!」と 彼。その時初めて、自分と同じ様なタイプの奴だったんだと思った。 そのJBL、当時は値段も型番も知らなかったが今は知っている。4312Aだ。 あらためて、運のいい奴だと思う。。 その日、それを運び込んだ彼は早速、鳴らしてみたらしい。その翌日、「あれ鳴ったよ!いい音だった。 今日にでも聞きに来ないかい?」と、初めて自宅にぼくを誘った。仕事を終えたぼくらは早速、彼の自宅へ向かった。着いてみると、前から想像していたとおりの、 古くからある立派な家だった。そして彼の部屋に入ってビックリ!何台ものエレキギター、 数台のギター用アンプ、一つの電源ユニットから木の枝のようにニョキニョキと生えている? エフェクター類、もちろんオーディオシステムも一通り揃っていて、 器材が部屋に溢れている。。 それを見て、「すごい!」と思いながら、目を丸くしているぼくには、お構い無しで、 「これ。これ。」とさっそく、拾ってきたJBLのスピーカーを鳴らしてくれた。 傷ついたウーファーの方が心配だったが、音量を思い切り上げてみると多少のビリツキを感じるものの、 通常の音量のところは、問題無い様だった。 ロック系の有名なところをざっと聞いた後、こんな変なCDもあるよ。とかけてくれたのは、 あの“マイウェイ”をロックバンドがやってるものだった。「イカレテルだろ?」と彼は、お気に入りの様で あったが、ぼくはその時には、その面白さに気が付かなかった。
「それにしても、たくさんギターを持ってるなぁ。」と呟くと、
「どれも高価なものじゃないんだよ。ほとんどの物が中古品だし。 ギターだって有名メーカーばかりじゃないんだよ。」と、一本のギターを取り上げ、音を出した。 そして「この音。どっかで聞いたことないかい?」と彼。 音にも驚いたが、その演奏が紛れもなくビートルズ!「この音ビートルズにそっくりでしょ?」 と満足げな彼。 この際、音のことは置いておいて、演奏が「ものすごくうまい!」のに、二度ビックリ。 そう言うと、今度は、「これ、ぼくが作った曲だけど。」とテープをかけてくれた。いい曲だった。 「どうやって録音したか分かる?」というので、ジックリと聞くと、簡単なドラムマシンが一定のリズムを 繰り返し刻み、メロディは、ハミングで彼が歌っていたが、演奏部分は、ギター。。 ベースギターとリズムギターにリードギターの三つのパートが聞き取れる。 「それぞれを多重録音してるんじゃない?」そう話すと彼は嬉しそうに、 「ギターのパートは、ギター一台だけで演奏しているんだよ。」と答えた。「一台で!どうやって?」 「こういう具合に。」と言って見せてくれた演奏テクニックはそれまで見たことのなかったものだった。 ピックを使わず、コードを弾いたかと思うと、 ベース音を残したまま、まるでピアノを弾くようにタッピングして弦の上を両手で駆け廻る。 押さえてはじくという概念しかなかったぼくには、まさにカルチャーショックに似た感激があった。 ぼくが、その演奏と似たテクニックを知ったのは、その1〜2年後に、“スタンリー・ジョーダン”という ギタリストの演奏を聞いた時だった。ある時、慰安旅行があった。夕食は、舞台のある体育館の様な大きなホールで、そのホテルの宿泊客全てが 集まり、様々なショーなどを見ながらいただくところであった。最後に、カラオケがあったのだが、 カラオケ好きな人でも、その舞台に上がって歌うというのは、腰が引ける状況だった。 ところが、普段おとなしいはずの、御酒を頂き赤い顔をしたS君は「俺、歌うぞ!」と宣言。 「えっ?」という間に、さっさと舞台へ。。「何を歌うのだろう。この状況で。。」と思っていたら、 マイウェイのイントロが、始まった。「おぉ、マイウェイだぁ。」という声が会場のあちこちから聞こえた。 結構、好きな人が多い様で、皆の期待が、高まるのを感じた。
ところが、S君の第一声が聞こえたとたん、「くっくっくっ。」と抑えた様な 笑い声が、会場全体に広がってゆく。その声はキーを間違えてオクターブ高く歌いはじめた様に聞こえた。 「音を外した?間違えたのか?」と人事とは思えず、冷や汗を流しながら彼を見ると、一向に平気な 様子。「なんて肝の座った奴だ。」と思った。しかし、一小節の途中で、 「これは!!!ロックのマイウェイだ!」と分かったのは、この会場でぼく一人。。 「それにしても、普通のカラオケでこれを!」と感心しながら聞いてたら、 何だかゾクゾクするほど、カッコイイ。一番が終わる頃には、音を外して歌っていると思っていた人たちも 様子が違うことに気づきはじめていた。笑い声がざわざわとした感じに変わってきていたのだ。 2番に入ると、会場の声は歓声を交えはじめた。その声を知ってか知らずか、 右手にマイクを持ったまま、うつむき加減に歌い続ける彼は、さらに、激しくシャウト!しはじめる。 最後のフレーズで、目を閉じ、左手の人差し指をたてて、天を指差しながら “マーイウェーェーイーーィッ!”とシャウト!を決めた彼。会場は大歓声! その歓声に全く答えず、 歌い終わった時の、その手を高く突き上げた姿勢のまま、彼は席へ戻ってきた。 決して慌てず、いつもの歩みで。。 そして、一言、「なっ!イカレテルだろ?」とぼくに向かって言った。