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ロータスヨーロッパ 1999.7.21



憧れる車はいろいろある。本音はスポーツカー志向だ。中学生の頃に、スーパーカーブームがあった。フェラーリディノ、ポルシェ911カレラ。。。そんな車達の中で特に、ロータスヨーロッパはその頃、最高の憧れだった。友人から、ロータスが止まっていると聞かされると堪らず、ケッタマシン(自転車)を飛ばして見に行った。しかし、全て、ガセネタだった。皆本物の形を見たことがないのだからしかたない。本で見たデザインと車両寸法を正確にイメージできるのは私の他にいないのだ、とも思った。「実物の姿を見たい。」切実な願いだった。

そんな頃、吹上ホールで輸入車ショーが開かれたので、朝一から見に行った。一通り、見終わると私はロータスヨーロッパの前に陣取った。初めて見る美しく無駄の無い曲線。今も、テラリと光るその紫色のFRPボディを鮮明に思い出せる。昼飯も食べにいかず、飽きずに眺め続けた。たいていの他の車はシートに自由に座れたが、その車の周りにはロープが張り巡らされていた。何人もの人が乗せてくれと頼み込んでいたが、係員の人は、丁重に断わり続けていた。「やっぱり、乗れないんだ。。」ちょっと残念だったが、本当にちょっとだけだった。なぜなら、こんなに近くで、好きなだけ見られるだけで幸せで、乗ってみたいなんて、大それたこと!考えたこともなかったのだ。もともと頼み込む勇気も持ち合わせていない。

閉館も間近になった頃、その係員は、まだ そこに居続けていた私の前に立つと「乗ってみろよ。」と信じられない言葉を言った。「えっっ!だっって、あっの。。」言葉にならない。さらに、誰にともなく申し訳なくて、断わりかけると、肩ごと捕まれ、車の方へ連れて行かれた。「いいから、乗ってみろよ。低いから、頭に気をつけて。なっ。」とドアを開けてくれた。つられて「はい。」と言って車を見下ろしたとたん、はっきり、足がすくんだ。低い。それでも意を決して、乗り込もうとする瞬間、引きつった顔をしてる自分を自覚した。誰よりも正確にイメージできているはずの車に、うまく乗れない!最高地上高107センチの車。すぐ脇に立つと、潰れたように低い。「屋根の上に手が置けるんだ。」と違うことを考えながら、足を差し込んで、体を寝かせるように滑り込ませる。1メートルを切った高さ制限の中に入って座るということ。これは、想像の外だった。座って体を起こすと頭が天井に当たりそうだ。地面に直接座っているかのように、とにかく低い。それからは、落ち着いて感覚の触手を延ばした。。。フラットな天然木パネルに並ぶ、円周がメッキされたシンプルな丸型メーター。運転席と助手席を分ける様に横切るフレーム。そしてそこに生えている、木製の丸い、とても短いシフトノブ。足をアクセルペダルに延ばし、目の前にあるやはり木製の三本スポークのハンドルにそっと手を添えてみる。そして、数秒間、狭い室内に充満している「何か」を心に染み込ませた。

車から出て、言葉では足りないと思いながら、係の人にお礼を言っている時、涙が出そうになった。うれしかった。その時は憧れの車に乗れたせいだと思っていたが、後に、その人が乗せてくれたその行為のせいだと、気がついた。それゆえに、その記憶は今でも鮮明だ。




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